豆知識5 龍ケ崎の昔話
龍ケ崎市は水の豊かな町。そのため、水にまつわる昔話が多く残されています。
蛇沼(へびぬま)大蛇伝説
沼の主は白い大蛇か
畑で使う堆肥(たいひ)を作ろうと、近くに住む人がある朝、蛇沼へ草刈りに行った。
すると、草が1尺(約30センチメートル)ほど沼に向かうように倒れている。
なんだろう?と思ったその人が倒れた草の先へ進むと、白い大蛇が沼に入っていくところであった。
蛇沼の主なのであろうか。その白い大蛇を見た人は、その後体調を崩し、2・3日寝込んでしまったそうだ。
武将と大蛇
平安末期、武将の鎌倉権五郎影政(かまくらけんごろうかげまさ)が奥州征伐(おうしゅうせいばつ)に行く道すがら、蛇沼で休憩を取って釣りをしていた。
するとそこに大きな蛇が……!
襲われた影政は格闘の末に大蛇の口を刀で斬(き)りつけ、やっと大蛇は去っていったが、それ以来蛇沼の主であるその大蛇は、口の片側が大きく裂けたままだという。
大塚町の鬼蓮(おにばす)
市内大塚町の用水池には、鬼蓮がたくさん咲いていた。
ここには、蛇沼の大蛇がよく遊びに来ていたそうで、大蛇が通った後の鬼蓮は一様に横に倒れていたという。
不思議な中沼
太平洋と……?
中沼は明治時代、小貝川の氾濫(はんらん)で水田がえぐられてできたと言われている。
水深は一番深いところで13~15メートルにも達する。
この沼の不思議なところは、雨が降らなくても水面が下がらないこと。
これは、沼の底から水がわき出しているからだという。
中沼は地下水脈で小貝川とつながっており、わき水は小貝川から来ると信じられているのだ。この水脈は遠く、太平洋まで続いているという説もある。
逆に、どんなに雨が続いてもあふれないとも言われ、水量が変わらない不思議な沼なのだ。
オオタニシ伝説
中沼にも蛇沼と同様、主がいる。
こちらは、一抱えもある大タニシだそうだ。
この大タニシが子どもをたくさん産んだため、中沼には異様にタニシが多いといわれている。
巨人のお話
笠脱沼(かさぬきぬま)
昔々、雲を突くような大きな神「大田羅(ダイダラ)」がいて、龍ケ崎の辺りに降りてきた。
蓑(みの)を脱いで笠を置き、しばらく休憩を取ったという。
すると、大田羅が笠を置いたところがその重さでへこみ、水がたまって沼になってしまったそうだ。
そこでその沼を笠脱沼(または笠貫沼)と呼ぶようになったとか。
現在も利根町立木に残っている沼である。
デーデー坊
昔「デーデー坊」という大男がいて、この地方を歩き回った。
龍ケ崎では貝原塚町から女化に続く道、別所町、八代町にそれぞれぬかるみがあり、それはデーデー坊の足跡だと言われている。
雨蛙のフク
龍ケ崎地方にはかつて、「フク」という名の巨大な雨蛙が住んでいたそうだ。
大雨が続き、洪水に見舞われた村人が「フク、何とか助けてくれ」と頼んだところ、フクは川からあふれた水を飲み込み、洪水を沈めてくれたという。
不思議なことに、フクはいくら水を飲んでも腹一杯にならなかったそうだ。
反対に、干ばつに苦しむ農民のためにフクは、今度は雨を降らせて豊作をもたらしてくれたという。
人々の役に立つ、愛すべき雨蛙フク。
撞舞で舞男が付ける面は雨蛙なのだが、撞舞が雨乞いの儀式であることも考え合わせると、舞男はフクなのかもしれない。